「自分には何も残されていない」と思っているときでも

頑張ってきたけどだめだった。

今までの努力が無駄になったように感じる出来事があった。

誰かの心無い一言でやる気を失った。

仕事を失った。

大事な友達を失った。

恋人、パートナーを失った。

病気やケガで健康を失った。

何かを失ったと感じるようなショックなことがあったり、
がんばってもムダだったと思ったりしたとき、
私たちは「もう自分には何も残されていない」と
感じることが多いようです。

「親に人生を台無しにされ、今更がんばってもムダだと思う」

泣きながら、
あるいは怒りに震えながら、
あるいは疲れ切ってしぼり出すように、
こう話す方は多いです。

「どんな風に台無しにされたと感じるんですか?」
と聞くと、

本当はもっと甘えたかった。
ちょっとぐらい悪さをしても許して欲しかった。
叱って欲しかった。
どんなにだめな自分も受け入れて欲しかった。

と言う方が多い印象です。

親にはほとんど甘えられなかったかもしれない。
では、今までまったく誰にも甘えずに来たの?

と聞くと、

「昔、仲が良かった友達とは大喧嘩してもすぐ仲直りできた。
もしかしたら、あれが誰かに甘えられた瞬間だったのかも」

「別れたパートナーには、自然と甘えられて、相手もそれを受け入れてくれていた」

と、ふと思い出す方もいます。

または、

「友達も彼氏もろくにいないけど、私、一人で旅行に行くと
なぜかおばあさんやおばちゃんたちにすごく好かれるんですよね…」

お菓子をくれたり、家に食事に招いてくれたり。

何だかあたたかいものに包まれたような気持ちだった。

誰かに甘えるって、もしかしたらそんなイメージなのかな。

そういえば私、以前誰かに、「あなたは天性の、愛される能力がある」って
言われたことがあるんですよ。

そんな風に話してくれる人もいます。

どんなに悲惨な人生を送ってきた方でも、まったく誰とも
心の温まる交流がなかった人はいないように思います。

誰かに優しくしてもらえたのは、自分が愛される能力を
持っているから。

誰かと、たとえ一時期でも深い交流ができたのは、
自分に人と関わりたいという意欲と行動力があるから。

今は忘れているだけで、「何も残されていない」
ということはないように感じます。

だから、昔出来ていたことを思い出すこと、

それを成功体験としてもう一度自分の中で握りしめることは
大切なんだと思います。

そして、過去に一度でも誰かとつながることができていたなら、
また人とつながることは必ずできると思います。

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