「嫌い」イコール「好き」の理由

「父/母のことが大嫌いなんです」

ACのクライアントさんが時々口にされる言葉です。

もちろん両親が相手とは限らず、夫であったり、妻であったり、子供であったりする場合もあります。
いずれにせよ、自分にとても近い関係の相手であることが多いです。

そのクライアントさんは、相手からひどい目に遭わされていたり、深く傷つけられたり、気持ちが通じずにつらい思いをしてこられたのでしょう。

その結果、相手のことが大嫌いになる。

これはとても自然なことです。

でも、ただ嫌いであるなら相手から物理的にも心理的にも離れればいい話です。

つらいのは、どうしても相手から気持ちが離れないから、ということが多いかもしれません。

本当はもっと愛してほしかった、
認めてほしかった、
自分を見ていてほしかった。

または現在進行形で、

もっと愛してほしい、
認めてほしい、
見ていてほしい、

かもしれません。

でも、相手に自分の思いは通じない。
あるいは、どうせ今回もまた通じないだろう。

こんなに辛い気持ちを味わわせる相手が嫌い。
そして、悔しいことに、どんなに嫌いでも、やっぱり相手からの愛がほしかったりします。

「好きの反対は無関心」

といいますが、これはある意味正解です。

好きの反対は嫌いではありません。
「嫌い」は相手から自分の気持ちが離れないわけですから、
何らかの形でやっぱり気がかりなわけです。

「好き」とはベクトルが違うだけで、自分にとっては深く影響を与える相手なわけです。

「大嫌い」は「大好き」と同義語、なんて表現もあるぐらい、
「嫌い」は「好き」の裏返しだったりします。

「いやいやそんなことは…。
父/母のことなんか私はもうどうでもいいんです」

というバージョンもあります。

この場合は、注意深くその感情を見る必要があります。

相手に本当に関心がない場合、その人の話題になっても心穏やかなままです。

感情を抑えつけているようだったり、
または過度に無表情だったり、
自分から感情を切り離しているような場合、

ただ無関心を装っているだけの場合もあります。

だって、関心を持っても自分が得たいものは得られないわけですから、
無関心でいられたほうがずっとラクですよね。

過度な無関心は、その人なりの処世術でもあるわけです。

どんな反応であっても、それはその人が感情のバランスをとるために
身に着けた方法ですし、そうやって一生懸命生きてこられたことに敬意を
払いたいと思います。

「あの人のことが大嫌い」

そういう気持ちをずっと持ち続けることは、本人だってつらいものです。

もしそんな自分に気づいたら、その気持ちを抱えながらも
ここまで頑張ってきた自分をまずは認めて褒めてあげてくださいね。

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